琳派400年を想う-俵屋宗達の二つの絵から
2015年 08月 10日
という、講演会に行ってきました。
正直、このところ、美術館へも足を運ばず、
出不精を決め込んでおりましたが、
お茶関係主催の講演会で、
その講演会の前に仲間が呈茶のお手伝いをしていることもあって、
暑い中出かけていきました。
講師は 芳賀徹先生(比較文学、近代日本比較文化史)
86歳とお聞きしましたが、まだまだ声に張りがあって、頭脳明晰恐れ入りました。
今回、宗達の描いた画を題材に、どれだけ宗達が素晴らしい芸術家であったかを夢見るように語ってくださいました。
それを私がお伝えするのはとてもとてもできることではありませんが、
琳派時代の始まりは、ヨーロッパのルネッサンス以上の画期的なことだったと、自信を持ってお話ししていらっしゃいました。
まずこの「仔犬図」(90.3×45.0cm)←ネットから画像検索したものです
先生のおっしゃったことを正確に覚えているわけではないのですが、、、
ころんとした元気の良い犬、しっぽがくるりとして何とも愛くるしい、力強い足、だっこしたらちょっと思ったよりも重そうな感触、目がしっかり見開いて、何かを探しているような様子、それは春の訪れを嬉しそうに探しているようではありませんか、、、
そしてその足下には、早蕨がキラキラと輝いている。ほかにも春の花が咲いている。
このような絵は、それまでの枯山水のような絵が珍重されていた時代からの大きな脱却なのです、、というようなことをキラキラした目で語っておられました。

そして、絵の中に早蕨が出てくるのは、これが初めてかもしれないともおっしゃっていました。
万葉集の中で早蕨が初めて出てくるのは、志貴の皇子(聖武天皇の皇子)の歌だそうで
岩激る(いわばしる) 垂水(たるみ)の上の 早蕨の 萠いづる 春になりけるかも
先生は、これは日本で一番美しい歌であり、喜びの歌であると賞賛されていました。
命が湧き出るような歌であり、、健気さや懸命さ、喜び悲しみを知る、
これこそが「もののあはれ」の歌であり、侘び寂びに通じるものである。
そして、この「もののあはれ」は800年後の琳派の時代にもずっと受け継がれている日本人の心であるとも。
このお話を聞きながら、古典の先生がこういう授業をしてくれていたら、
もっと好きになっていただろうなぁと思いました。
(文法を考えただけで震えが来るほど嫌いだったのよ(^^ゞ)
さて、次の絵は俵屋宗達下絵・本阿弥光悦書 「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」
(縦31.1×1356.7cm)
とても長い巻物で、芳賀先生が数えたところ125羽くらいの鶴が様々な姿で躍動感あふれて描かれているそうです。
ネット検索で、切り取られたものを数枚拾ってきました。

一番目
柿本人丸 ほのゝゝと 明石の浦の 朝霧に しまかくれ 行 ふねをし そ思ふ

三番目
中納言家持 かさゝきのわた せる はしにをく 霧の しろきを 見れは 夜そ 更けにける

八番目
中納言敦忠 身にしみ 思心の としふれば 終に色にも 出ぬへき かな
この巻物については、時間切れであまり説明をうかがえなかったのですが、
最後に、この長い巻物をパワーポイントで見ながら、なんとモーツアルトの曲を流して
ほらぴったりでしょ?と
Concerto pour Flate et Harpe
cu do majeur (イ長調) Kv.299 ←(ハ長調?)
1) Allegro
2) Andantino
3) Rondo allegro
文学だけでなく、絵画に関しても、そして音楽にも造詣が深く、もちろん海外のものとの比較もされていて、
本当に知識の幅が広く深いことに驚き、感激しました。
何よりも、日本の文化をとても若々しい気持で感じ取り、とても愛している、
その気持ちが伝わってくる公演でした。
つたない説明でごめんなさい。
久々に素敵な方にお目にかかって、自分自身の覚え書きのようになっています。
最後まで読んでくださった方、嬉しいです。
正直、このところ、美術館へも足を運ばず、
出不精を決め込んでおりましたが、
お茶関係主催の講演会で、
その講演会の前に仲間が呈茶のお手伝いをしていることもあって、
暑い中出かけていきました。
講師は 芳賀徹先生(比較文学、近代日本比較文化史)
86歳とお聞きしましたが、まだまだ声に張りがあって、頭脳明晰恐れ入りました。
今回、宗達の描いた画を題材に、どれだけ宗達が素晴らしい芸術家であったかを夢見るように語ってくださいました。
それを私がお伝えするのはとてもとてもできることではありませんが、
琳派時代の始まりは、ヨーロッパのルネッサンス以上の画期的なことだったと、自信を持ってお話ししていらっしゃいました。
まずこの「仔犬図」(90.3×45.0cm)←ネットから画像検索したものです
先生のおっしゃったことを正確に覚えているわけではないのですが、、、
ころんとした元気の良い犬、しっぽがくるりとして何とも愛くるしい、力強い足、だっこしたらちょっと思ったよりも重そうな感触、目がしっかり見開いて、何かを探しているような様子、それは春の訪れを嬉しそうに探しているようではありませんか、、、
そしてその足下には、早蕨がキラキラと輝いている。ほかにも春の花が咲いている。
このような絵は、それまでの枯山水のような絵が珍重されていた時代からの大きな脱却なのです、、というようなことをキラキラした目で語っておられました。

そして、絵の中に早蕨が出てくるのは、これが初めてかもしれないともおっしゃっていました。
万葉集の中で早蕨が初めて出てくるのは、志貴の皇子(聖武天皇の皇子)の歌だそうで
岩激る(いわばしる) 垂水(たるみ)の上の 早蕨の 萠いづる 春になりけるかも
先生は、これは日本で一番美しい歌であり、喜びの歌であると賞賛されていました。
命が湧き出るような歌であり、、健気さや懸命さ、喜び悲しみを知る、
これこそが「もののあはれ」の歌であり、侘び寂びに通じるものである。
そして、この「もののあはれ」は800年後の琳派の時代にもずっと受け継がれている日本人の心であるとも。
このお話を聞きながら、古典の先生がこういう授業をしてくれていたら、
もっと好きになっていただろうなぁと思いました。
(文法を考えただけで震えが来るほど嫌いだったのよ(^^ゞ)
さて、次の絵は俵屋宗達下絵・本阿弥光悦書 「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」
(縦31.1×1356.7cm)
とても長い巻物で、芳賀先生が数えたところ125羽くらいの鶴が様々な姿で躍動感あふれて描かれているそうです。
ネット検索で、切り取られたものを数枚拾ってきました。

一番目
柿本人丸 ほのゝゝと 明石の浦の 朝霧に しまかくれ 行 ふねをし そ思ふ

三番目
中納言家持 かさゝきのわた せる はしにをく 霧の しろきを 見れは 夜そ 更けにける

八番目
中納言敦忠 身にしみ 思心の としふれば 終に色にも 出ぬへき かな
この巻物については、時間切れであまり説明をうかがえなかったのですが、
最後に、この長い巻物をパワーポイントで見ながら、なんとモーツアルトの曲を流して
ほらぴったりでしょ?と
Concerto pour Flate et Harpe
cu do majeur (イ長調) Kv.299 ←(ハ長調?)
1) Allegro
2) Andantino
3) Rondo allegro
文学だけでなく、絵画に関しても、そして音楽にも造詣が深く、もちろん海外のものとの比較もされていて、
本当に知識の幅が広く深いことに驚き、感激しました。
何よりも、日本の文化をとても若々しい気持で感じ取り、とても愛している、
その気持ちが伝わってくる公演でした。
つたない説明でごめんなさい。
久々に素敵な方にお目にかかって、自分自身の覚え書きのようになっています。
最後まで読んでくださった方、嬉しいです。
by hicha_atelier
| 2015-08-10 18:07
| お茶


